有限会社橋本地銅商店代表取締役 橋本 孝二



―現在の事業内容を教えてください。
先代の父親が脱サラして始めて以来、金属リサイクル業一筋です。

―どのような経緯で事業を承継されたのですか?
18歳から丁稚というのか修行に勤めに出ていました。そして、22歳頃に先代の父親に「家に戻って家業を手伝え!」と言われて勤め先を辞めて家に戻り家業を手伝い始めました。

―その頃から34年程経っていますが、何かターニングポイントになるようなことはありましたか?
ターニングポイントといえるかは分かりませんが、フォークリフト等の重機を導入したことがかなり大きいと思います。劇的に仕事が変わりました。重機を導入する30数年前までは、重い鉄や金属をすべて手作業でトラックに積み込んだりする作業をしていました。

―その大変だったころを象徴するようなエピソードはありますか?
大昔の防空壕に金属を捨てている現場があったんです。大きな大きな穴に大量の金属が捨てられてるんです。それを家族総出で手作業で運び出したのをとてもよく覚えています。

―なるほど。それから重機を導入されたとのことですが、会社には置いてないように見えますが今はどうされているのですか?
ここには置いてませんよ。私たちが集めてくる金属の回収元の現場に置かせてもらっているんです。「置かせてもらう代わりに好きなように使ってくれていい。」っていう条件で。

―なるほど。そうやって取引先と良い関係を作られているのですね。
まぁ、そういうことになりますかね。昔、重機を使わず手作業でやっていた時代を知ってくれている業者さんとは、ずっと良い関係を継続できていますよ。逆に、その時代を知らないような取引先さんは、ほんの小さな値段の差で離れていくことがあります。

―つらいですね。ここ十数年「インターネット」が普及しましたが、それらの影響はありますか?
ありますね。取り扱っている金属の相場が、誰でも簡単に知ることが出来るようになりました。価格がオープンになることは良いことがある反面、仕事がやりにくくなることもありますね。

―進歩というのも一長一短ですね。
本当にそうです。車のバンパーが金属からプラスチックになったり、色々な「モノ」がどんどん小型化し、金属が使われる場面が年々少なくなっているように感じます。

―そんな時代ですが、今後の戦略や展望をお聞かせください。
今は、努めて現状維持です。2008年の北京オリンピックの時、私達の金属リサイクルの業界は沸きました。大量に仕入れても大量に売れる。そんな状態が2006年から2年程度続きました。良いと時期もあれば良くない時期もある。そんなことが露骨に表れる業界です。今は、決していいとは言えません。ですから、本当に現状維持です。仕掛けるタイミングを虎視眈々と狙っています。

―なるほど。「戦略的現状維持」と言い換えることが出来るかもしれません。後継者については、どのようにお考えですか?
現在、30歳になる息子が会社を手伝ってくれているので、将来的には家業をついでくれたらなという風には考えています。


◇取材後記
「努めて現状維持」今の時代にとてもマッチした一つの戦略なのかもしれない。来るべきタイミングで確実に仕掛けることが出来るようにしっかりと足元を固める。いつ収束するや今だ不透明なコロナ禍において検討すべき戦略なのではないだろうか。