株式会社かねよ代表取締役 樋口 政和



―現在の事業内容を教えてください。
御覧の通り鰻料理の専門店です。

―かねよさんと言えば超有名店ですよね。失礼しました。樋口さんは7代目とのことですが、どのような経緯で承継されたのですか?
現在私は34歳ですが、継ぐ話が出始めたのは27歳か28歳くらいの時で、代表取締役に就いたのは29歳のときでした。

―ずいぶん若くして代表になられたのですね。代表になる前と後で何か変わりませんでしたか?
大きく変わったことはありませんでした。なんせ17歳から働いていますので。代表を引き継ぐときも引継ぎらしい引継ぎはありませんでした。実務は十分すぎるほど経験していましたので。多少、金融機関や取引先との対外的なことで代表取締役ならではのことはありますが、変わったというほどのこともないのかなと思います。

―なるほど。樋口さんは若くして大正時代から続く老舗を承継されたわけですが承継は意外とスムーズだったということですか?
そうですね。17歳から働いているのが大きいですね。その頃から働いているので、呼び方もあだ名で呼び合うんですが、社長になってもそのままでいいの?みたいな空気が一瞬あったくらいですかね。僕としては、自分が呼ばれているとわかればそれでいいので何も全く気にしてないんですけどね。

―素晴らしいですね。社長になられてから「組織運営」や「運営方針」この辺りはどのようにお考えでしょうか?
運営方針と言えるか分かりませんが、単純に人を見た目で判断しない。こういう極基本的なことを大事にしています。仕事にしっかり取り組んでくれるかどうかに髪の色や長さといった見た目なんて関係ないはずですから。極端な話かもしれませんが、外国人の方でも鰻を焼く技術があれば鰻を焼いてもらってもいいと思っています。

―なるほど。そういったある種、現代的な考え方は社長よりも年代が上の方と折り合いを付けるのが難しいと思うのですがどうされたのですか?
運営の方針を少しづつ変えていっていたときこんなことがありました。60代70代の二人の職人さんの下に40代の職人さんが二人。その下に若い職人さんが二人という体制の時に、中堅の40代の職人さんが揃って独立したということがあったんです。中堅の職人さんが抜けて、大ベテランと超若手だけになったのですが、僕はこの時「変化するチャンスだ!」と思ったんです。僕は、この時若手の職人さんに、「ベテランの職人さんに教えてもらう立場ではあるけれど、気になることは僕に全部言って欲しい。」そう伝え、何でも言ってもらうようにしていました。例えば、「そんなに朝早くからやらなくてもいいんじゃないか?」「そんなに夜遅くまでやらなくてもいいんじゃないか?」というような事です。ベテランの職人さんは、「こうじゃないといけないからこうやっている。」「こうしないと回らない。」という考えのもと、プライドを持って取り組んでくれていたのですが、「他のやり方や考え方でも大丈夫。」ということを少しづつ受け入れていってもらいました。

―なるほど。ご従業員の皆様との間で何か思い出深いエピソードはありますか?
忘れもしない僕が32歳のときの土用の丑の日のことです。京都の大手百貨店から出店の打診があり快く引き受けさせて頂き、その日に向けてしっかりと宣伝活動も行いました。大忙しになることは誰の目にも明らかでした。僕は、そんな大舞台を若手の職人二人に任せました。ベテランの職人さんには一歩引いたところでサポートに回ってもらったんです。結果、この日の出店企画は大成功を収め売り上げは過去最高を記録し、ベテランの職人さんが若手の職人さんを認めてくれるキッカケになりました。

―ありがとうございます。すごくドラマチックですね!今後、どのようなことをお考えですか?
昨年から続く新型コロナウイルスによって、今後も外出して食事をするという行為に一定の制限が掛かると思われます。今後は、デリバリー、通販、宅配といった来店チャネル以外を強化していこうと考えています。

◇取材後記
20代にして老舗の鰻料理店を継いだ7代目社長。若くしてスムーズな事業承継が可能だったその秘訣の一つは「時間」ではないだろうか。10代から店に入り、そこから10年以上の時間をかけ従業員様との間に何物にも代えがたい「信頼」を構築した。これにより、本来相反する「過去からの伝承」と「未来への変革」を同時に実行できているのではないだろうか。