有限会社 野々村鉄筋代表取締役 野々村 勝次



―現在の事業内容を教えてください。
一般住宅の基礎工事を中心に、鉄筋工事や外構土木工事を行っています。

―ありがとうございます。野々村社長が建築や建設の業界を志されたのは何かキッカケがあったのでしょうか?
学校を卒業したら、大工になろうと思っていたんです。それを叶えるために、卒業後、建設会社に就職してその下請けの工務店で修業を始めたんです。でも、親方との関係をうまく作れなかったんですよ。10代の私と60代くらいの親方だったので年齢差は40歳くらいはあったと思います。若いなりに何とかしようとはしたのですが、どうにも上手くいかず志半ばで大工の道を諦めてしまいました。

―なるほど。それから現在の鉄筋工事の道へはどのように進まれたのですか?
自分が大工の道を外れてしばらくした頃、高校の同級生がとある現場の現場監督をやっていたんです。それで、その現場に出入りしていた鉄筋工事業者と現場監督の同級生が仲良くなったんですよ。それがことの発端で、あれよあれよという間に、現場監督をやっていた同級生や自分も含め3人でその鉄筋工事業者の会社に入社したんです。これが、自分が鉄筋工事の道へ進むことになったキッカケです。

―なるほど。そこで独立されるまで修行されたということでしょうか?
そこから独立したわけではありません。それから、色々ありましたよ。同級生3人と入った鉄筋工事の会社の社長が、自分たちが入って数年たったころ社長を退任してしまって、止むを得ず社長不在の中会社を運営したり、元請けの会社が倒産したり、再就職した会社が倒産したりと、本当に色々ありました。この頃、私はまだ20代後半でしたが、短期間に色々な経験をしたと思います。

―目まぐるしく状況が変わられたんですね。では、独立を決意された決定打は何だったのでしょうか?
20代後半の頃、時間を持て余していた時期があったのですが、その時、高校の同級生で現場監督をやっていた友人に、「現場を手伝いに来ないか?」と誘われたんです。時間があったので断ることも無く手伝いに行ったその初日の朝礼。目の前の壇上で同級生で現場監督の友人が大勢を目の前に話しているんですね。方や自分はというと、手伝いに来ている身なので一番後ろに居るわけなんです。私と、同級生の間の距離は、ただ大勢の人が間に居るから出来ている距離ではなく、それ以上のものを感じました。「俺は、何をやってるんやろ。」そんな風に思ったのを鮮明に覚えています。そう感じたタイミングで、私が鉄筋工の仕事をしていたことを知ってくれた業者さんから「鉄筋工事をやってくれないか?」と言われ、「これは、チャンスだ。」と、独立しました。

―なるほど。その朝礼がターニングポイントだった訳ですね。お話を伺っていると、野々村社長のキャリアのポイントには常に学生時代からのご友人が関わられているように思いますが、独立されてからはいかがでしょうか?
やはり独立以降も、友人には助けられています。本当に心から「人のつながりは大事」だと感じています。独立してから、仕事に関してはとにかくガムシャラに取り組みましたし、それを楽しいと感じることが出来ています。そう感じることが出来ているのも、友人をはじめ、周りの色々な方々の支えがあったからだと思っています。

―ずっと昔から友人や仲間を本当に大事にして来られたからこそなんだと思います。誰でも出来ることではないと感じています。最後になりますが、今後については、どのようなことをお考えですか?
私は今49歳なのですが、今後10年~15年の間に後継者に事業を引き継ぎたいと考えています。現在の事業を引き継いで、私自身は他の事業へチャレンジしたいと考えているんです。例えば、現在受け入れている海外実習生の母国であるベトナムで社会貢献的な事業が出来ないかと考えています。

◇取材後記
記者である私は現在39歳で18歳の学生時代に起業した。つまり、ビジネスに身を投じ概ね21年経ったことになる。この21年間で「人とのつながりを大切にする」という類の言葉は、何万回、何十万回と様々な経営者や起業家から聞いてきた。私自身、その考え方には100%同意するし何の異論もない。しかし、野々村社長の言う「人とのつながりは大事。」という言葉には、何とも形容しがたい説得力と力を感じた。これは、おそらく野々村社長がビジネスなんて言うものを意識する遥か昔、少年時代から大切にして来られた考えなのだろうと思う。人間の芯を脈々と流れ何事にも左右されない思いや考えは圧倒的な説得力をもつ。今回の取材でそれを再確認させて頂いた。