株式会社 タケダ 代表取締役社長 竹田 裕美子



―竹田社長は、どのような経緯で家業であるこちらに入られたのですか?学校卒業とともに入られたのか、それとも他の会社で勤めていらっしゃったような時期はあったのでしょうか?
学校卒業後、すぐにここに入ったのではなくて、4年程他社でOLをやっていましたよ。就職するずっと前から、家業については「将来継ぐんだろうけど、もし継がないにしても、ずっと関わっていかないといけないな。」くらいに考えていました。先代の父からも何も言われなかったので、卒業後はすぐにでも家業に入って後継ぎの修行を!と、いう風に前のめりに考えていなかったので皆と同じように就職したんです。

―そうなんですね。でも、一旦普通に就職されたのに家業に戻ってこられたのは何か理由があるんですか?そのまま働き続けるなんていう選択肢もあったんじゃないかなと思うんですが。
当時は、今みたいに女性がバリバリ働いてキャリアアップしていくという働き方や考え方が一般的では無かったように思います。多くの女性は、数年で個々の様々な事情で退職していくというのが一般的な風潮でした。そんな風潮に右にならえで辞めたわけではありませんが、家業に入るなら20代後半で入っておいた方がいいと思ったので勤続4年で退職して家業に戻って来ました。

―確かに、昔は今のように女性も男性も関係なく働きまくるというのは一般的じゃない時代だったように思います。退職して家業に戻ってこられて、前職での経験やノウハウを使って何か起こされた変化というか影響はありませんでしたか?
最初の1年位は、決まった仕事が無かったんですよ。というのも欠員補充による増員ではなかったので余剰人員のような感じだったからなんです。今思うとこの時期に社内の様々な業務を経験することが出来たので、とても有意義な時間を過ごせたように思います。その後、事務員さんが出産で退職されたのを機に事務職を通して会社に深く入り込んでいったんです。そして、前職で培ったマーケティング事業部での経験を活かし社内の事務仕事のOA化に着手したんです。そのプロセスで、商品や仕入れ先の事、売り上げや利益の上げ方等様々なことを理解することが出来ました。

―入社以来、着実にキャリアを積まれたんですね。そこから代表に就任されるまでどのようなことがありましたか?
私が事務職で事務仕事の改革に乗り出していた当時、会社の営業活動はというと先代社長である父と叔父、そして営業スタッフの3名であちこち走り回っていたんです。そんなある日、叔父のガンが発覚したんです。それから、半年後叔父が急逝したんです。ガン発覚からあまりに早く、そして突然の事だったのですが悲しみに暮れる暇もなく、事務職をスタッフに任せて私が叔父の代わりに営業をしなくてはいけなくなったんです。こんなキッカケで私が営業をするようになったんですね。そうしている間に徐々に先代の父が後継者として認めてくれるようになったようで平成21年父から代表を継承しました。

―社内の全ての業務を経験された代表はあまりいらっしゃらないように思います。現在の御社の得意分野というか特徴はどういったことでしょうか?
弊社のようないわゆる「材料屋」は珍しくありません。でも、明治26年からやっている材料屋は、老舗の多い京都と言えどそうそうないんじゃないかと思います。今年で創業128年ですが、その中で培ったノウハウや実績や経験、弊社と関わる皆様との繋がり。これは、現在の弊社を支える何物にも代えがたい強みです。その強みのお陰で弊社で対応できることが非常に多いので、お客様のお問い合わせやお困りごとにをしっかり受け止め正面から向き合うことが出来るんです。

―創業128年というのはすごいことだと思います。お客様には様々な思いをお持ちだと思いますが、「貢献」という切り口ではどのようなことをお考えですか?
私たち材料屋としての取扱商品には化学製品も多く、誤った取り扱いをすると環境に影響を及ぼす商品も少なくないんです。ですから、商品の廃棄方法等についてのアドバイスや様々な情報提供を積極的に行っています。また、お客様皆様に困りごとを言って頂きやすい関係作りを日頃から心がけています。

―ありがとうございます。最後になりますが、今後についてはどのようなことをお考えですか?具体的な計画等ありますか?
弊社創業者である初代の「竹田千藏」の名を冠した「竹田千藏商店」をリリースする計画をしています。この竹田千藏商店では、伝統とモダンを掛け合わせた商品提案を行っていく予定なんです。例えば、「神仏具職人×アクセサリー職人」とのコラボレーションで色々なアクセサリーの企画・制作から販売までを手掛けていきます。勿論、アクセサリだけではなくて、インテリアの企画制作なんていうことも考えていますよ。また、「京都で128年続く老舗材料屋」として、インターネット等を通して全国、全世界に発信していくことで、後継者不足や取引先の廃業等色々とお困りごとが多いであろう日本全国にいらっしゃる伝統工芸士の皆様のお役に立てるような施策も考えています。