株式会社 サン食品 代表取締役 飯沼 雅浩



―飯沼社長は2代目でいらっしゃるとのことですが、入社されてから代表に就任されるまでどのようなことがありましたか?
会社の仕事を手伝いだしたのは、専門学校時代のアルバイトからです。それから、専門学校を卒業してそのまま家業であるここに入社しました。そこからは、先代社長の父の元、徹底的に現場の仕事を勉強していました。それから月日が流れ、2012年6月。父がガンを患っていることが分かったんです。当時、病院の先生の方から私を含め父以外の家族だけ父の病状や余命について聞かされていました。私は、父が病気を患う以前から、事業の承継について考えて欲しいと打診はしていたのですが、「自分がまだまだやる!」の一点張りで、経営の中でも特にお金に関する部分は教えてくれなかったんですよ。そして、ガン。そう長くない余命宣告。どうしていこうか思い悩んでいた時に父が急逝したんですね。結局、事業承継らしいことなんて何もありませんでした。

―僕の勝手なイメージだと社長と専務や会長と社長という関係で事業承継は行われるものだとばかり思っていましたが、それが無かったんですね。会社としての運営に関してはまだしも、お金のこととなるといきなりやれと言われても出来るものではないと思うのですが。どうされたんですか?
本当に困りましたよ。現場の事は隅から隅まで分かりますから、お客様にご迷惑をおかけすることはありませんでしたが、会社のお金の事やそもそも経営とは?というようなことが何も分からなかったんです。もちろん経営については、そんな簡単なことではありませんから現在も勉強中ですよ。当時は、損益計算書、貸借対照表、労働分配率等々。こういった、良く聞く言葉は全くちんぷんかんぷんでした。そうは言っても代表に就任した訳ですから、代表に就任した2013年6月のその年は「とにかく赤字を出したらアカン!」という思いで何とか黒字で乗り切ることが出来ました。でも、経営の事は分からないままでした。そんな時に、ある勉強会に参加させて頂く機会があったんです。

―その勉強会がターニングポイントになられたのでしょうか?どのようなことをする勉強会だったんですか?
「半年間で数万円やから騙されたと思って参加してみ!」そんな風に誘われて参加した勉強会でした。そして、会が始まって冒頭、「あなたは何のために生まれてきたのですか?」みたいなことを聞かれたんです。正直、「騙された!」と思いましたよ。もっと会社経営の具体的なことを聞けると思って参加したのに、宿命とか運命とか期待していた内容と全然違いましたから。ですから、半信半疑というかイマイチ気持ちが入らない状態で4ヶ月ほど経ったんですが、そのころから少し気持ちが変わって来たんです。というのも、勉強会の講師を務めているその会の先輩経営者もお金を払って参加しているということを知ったんです。それで、「どうして、人の会社の為にそこまでやれるのか?」を率直に講師陣に聞いたんです。そしたら、全員口をそろえて、「気付かせてもらった。」そう言うんですね。それに、その講師陣は前の年の生徒だったと言うんですよ。「そんなにいいことをやってるの?」そんな気持ちになって、それまでの4ヶ月間、なんとなくこなしていたカリキュラムを一からやり直したんです。

―まさしく、気付きの第一歩という感じがします。最終的にどのようなことに気付かれたのでしょうか?
勉強会の最後に大勢の講師陣から沢山、色々な質問を受けるんですね。順番に答えていくわけですが、最後の方に「飯沼さん、ずっと同じことをおっしゃってますよ。」そう言われたんですね。そこで、同じことを言い方を変えてずっと言っていたことに気付いたんです。何を言っていたかというと、「私は、一人では何もできない。だから、人を巻き込んでやっていきたい。」ということをずっと言っていたんです。これに気付くことが出来ました。これこそが、私の心の奥底に脈々と流れる思いだったんですね。これに気付くことが出来て本当に良かったです。その気付きをもとに、経営理念を創りました。

―経営理念を創る最高のプロセスのように思います。飯沼社長はその経営理念をどのように社員の皆様に伝えていらっしゃるのですか?また、社員の皆様へ対しての思いをお聞かせ頂きたいのですが。
経営理念の一つに、「私たちは社員が夢を持って働ける職場環境を考えます。」というものがあるんですね。この「夢を持って働ける職場」について、今年に入ってから朝礼で社員の皆さんに順番にスピーチしてもらっているんですね。そうすると、社員さんの中で表現の仕方は違えど共通して、「えっ!?あの会社で働いてたん!?」とか「自分の子供が働きたいと言うような会社にしたい!」というスピーチが多かったんですね。これは、本当にうれしく思っています。私自身も社員さんが社員さんの身内を働かせたくなる会社にしたいと本当に思っています。そして、この会社をこの地域に無くてはならない会社にしたいと考えています。

―社員の皆様が、会社の将来を自分事のようにこうしたいという夢を持たれるのはすごいことだと思います。飯沼社長の立ち振る舞いや社員の皆様にかけられる言葉がそうさせているんだろうなと思います。今後については、そのようなことをお考えですか?
私は現在。積極的に「食品ロス」や「フードロス」という問題に取り組んでいます。その発信手段として、α-stationでラジオ番組をやらせて頂いています。また、これからの時代を担う高校生と一緒に「食品ロス」や「フードロス」の問題に取り組んでいます。会社としても、製品を加工するときにどうしても出てしまう商品の端の部分について、むやみに廃棄するのではなく、出来るだけ無駄にならないような対策を取っています。また、西京焼はおいしいです。それを一人でも多くの方に知って頂きたいので、現在は「知って頂く」。つまり「認知」の活動に尽力しています。西京焼きを広く知って頂き、もっと身近に感じてもらうことで業界へ貢献をしたい、延いては、この業界のみならず周辺の関連する業界の会社が幸せになることで、その会社がある地域社会の皆様への幸せにも繋がれば本当に嬉しく思います。