有限会社 設備設計ガイア 代表取締役 水嶌 順二



―設備設計というとあまり耳馴染みのない業界のように思うのですが、水嶌社長がどういうキッカケでこの業界に入られたのですか?
私は、大学では理工学部だったんですが、当時の一つ上の先輩が先にこの会社に入社していて、「うちに来ないか?」と声を掛けてくれたんです。この業界に入ったのはそれがキッカケでした。理工学部でしたから、そっち方面の仕事に就くつもりはしていましたが、何としても設備設計をやりたいとまでは正直思っていませんでした。

―ということは、大学卒業以来ずっとこちらで働かれているんですか?すごいですね!そもそも設備設計ってどんなお仕事なんですか?
病院や学校、スーパー等の大規模な建物の新築や改修の照明、空調、給排水設備の設計を行うのが仕事です。

―なるほど。大学卒業以来勤めていらっしゃる会社で代表になられたのにはどんなキッカケがあったんですか?
今から26年前、前の社長が60歳のタイミングで引退することになったので、私が事業を引き継ぎました。そのタイミングで、社名は変更しましたが、事業内容などはそのままで変えていません。

―事業を引き継ぐのは親族が多いイメージですが珍しいですね。随分長い間、会社の歴史を創ってこられたと思いますが、その中で最大のピンチだったことはどんなことでしたか?
代表を引き継いだタイミングが最大のピンチでした。というのも、阪神大震災が起こった後のタイミングだったんです。当時の仕事の大部分はスーパー、病院、農協といった民間の仕事だったんですが、震災によってその民間の仕事の全てが無くなったんです。それから、官公庁や役所の工事にシフトしていったんですが、シフトしたからといっていきなり仕事が沢山取れるわけではありません。仕事が思うように取れない時期が2~3年は続きました。その中でも、3か月は全くやることがなかったんです。この時が最大のピンチで、精神的にも本当にしんどい時期でした。

―3か月やることがないということは、無収入ですよね?僕なら気絶してます・・・。その時期に新しいことを始めると言いますか、何かアクションを起こしてそのピンチを脱したというようなことはありましたか?
ただただ、耐えるのみでした。というのも、この業界はモノを売る仕事ではありませんので、「仕事をください!」なんて下手に行って回ると信用を無くしてしまって余計仕事が無くなるんです。しんどい時期でも、プロとして専門家としてのプライドを持ち続けることが何よりも大切なんです。ですから、ただひたすら耐えていました。

―ありがとうございます。この質問は、多くの皆様にさせて頂く質問なんですが、「耐える」というお答えは初めてです。しかしながら、長期的に考えた場合何かをアクションを起こすのではなく、耐えるという選択肢の方が有効な場合があるんですね。ありがとうござます。役所や官公庁のお仕事となると、とてつもない量の資料を作ったりと手間がとてもかかる印象がありますが、どのようにお仕事を回されているのですか?
仕事の物件ごとに下請けの業者さんにお願いするようにしています。一つの仕事には必ず電気と機械が絡むので、一つの仕事に対して2社の下請けの業者さんに頼んでいます。私の業務は、その物件当たりの仕事全体を取りまとめる総監督のような仕事です。

―なるほど。下請けの業者様とチームを組まれているようなイメージですね。下請けの業者様となると、単純に別会社の方になると思うのですが、どのような関わり方をされているのでしょうか?
私が、入札して仕事を取ってきて下請けの業者さんに振っていく訳ですが、だからと言って仕事をやらせてやっているというのではなく、仕事をやってもらっていると思っているんです。随分昔、弊社も下請けの仕事をしていた時期があったのですが、決して良い思いばかりではありませんでした。中には、嫌な思いをすることもありました。当時、私が経験したそんな思いを現在の下請けの皆様にはしてもらいたくないと考えてそのようにしています。

―役所関係の工事は、とても手間が掛かって大変。というようなお話も聞きますが、そこをあえてやられているのにはどんな理由があるんですか?
確かに役所の仕事は、提出資料一つ取ってみても膨大な資料を作成して提出しなければなりません。民間の仕事の3~5倍の手間がかかります。ですから、仕事だけを見ると民間の仕事の方が楽な部分も大いにあります。しかし、だからといって民間の仕事ばかりを受けてしまうと役所が出している仕事を他府県の業者がやることになります。これは、出来るだけ避けたいと考えているんです。京都で出された仕事は京都の地元の業者が行って、この京都という地元でお金が回るようにしないといけないと思っています。ですから、私が積極的に役所の仕事を取るようにしているんです。

―何と言いますか、ビジネスをしながら社会貢献もされているという感じがします。会社や業界の将来についてどのようなことをお考えですか?
私のように役所の仕事を積極的に引き受けてくれる後進を3社ほどは増やさないといけないと考えています。先程も申し上げた手間の問題や建築設備士という資格の問題があるので簡単な話ではありませんが、業界の為にも地元である京都の為にも何とかしないといけない課題なので、この解決に取り組んでいきます。また、「設備設計」という業界の認知度向上のために、弊社だけではなく業界として何かアクションを起こしていかないといけないと考えています。