株式会社 ローヤルプロジェクト 代表取締役 牧野 篤文



―牧野社長が起業されることになった一番最初のキッカケの辺りから教えて頂いてもいいでしょうか?
私が20歳の時、時代はバブルでした。その時、私の父は学校の卒業写真等を撮影するカメラマンをやっていたんです。当時、父は事業を行うに当たり母の親族が保証人になるかたちで、3,000万円の借入をしていたのですが、病を患ってしまいとても働ける状態ではなくなってしまったんです。このままでは、母の親族に迷惑を掛けてしまうので、父に代わり私がその借入を返すことにしました。返すと言っても毎月の返済額は40万円です。とてもじゃないですけど、一般的な会社勤めをしていては返済出来ません。ということで、当時は現場系の仕事や夜の仕事といった、とにかく時給の良いアルバイトを片っ端からやりました。結果的に、20歳から26歳の6年間で無事借入は完済したのですが、その過程で出会ったのが「写ルンです」という使い捨てカメラでした。そして、それを仕入れて販売するのですが、起業という意味では、これが一番初めでした。

―20歳から毎月40万円を6年間返済し続けて3,000万円を返済ですか…。何と言いますかすごいです。使い捨てカメラを売ると言っても簡単ではないと思うのですが、どのように販売されたのでしょうか?
使い捨てカメラが流行ったのは22歳の時で、「祇園祭に持って行ったら売れるんじゃないか?」ということで大量に仕入れて売り歩くことにしました。しかし、結果は無残なもので全く売れず初日を終えました。更に、売れないだけでなく祇園祭に来ていた同級生や先輩に見つかり笑われる始末です。完全に心が折れてしまいました。そうは言っても、仕入れた使い捨てカメラは大量に残っているので、二日目も挑むのですが心は折れたままです。どうすることもなく項垂れて道端に座っていた時、ふと顔を上げるとカップルが鉾をバックにお互いに写真を撮り合っていたんです。お互いに撮り合う訳ですから、当然二人一緒の写真が無い訳です。私は、そんな二人を見て「二人の写真も撮りたいやろな…。」と思ったので、「よかったら、二人の写真、撮りましょうか?」と声を掛けたんです。すると、カップルは喜んで私に、「ありがとう!」と言ってくれたんです。この「ありがとう」という言葉には本当に心が救われました。それから、「ありがとう」という言葉が聞きたくてどんどん声を掛けていったんです。すると、写真撮影を待つ行列ができたんです。この時、大体の方はご自身のカメラを持たれているのですが、2割くらい方はカメラを持っていなかったんです。そんな皆さんがカメラを買っていかれたので見事カメラは完売しました。そして、この経験から。「先に世の中の人のニーズを満たすとモノが売れる。」ということを学んだんです。

―挫折からの成功体験。そして、成功要因の気付き。すごいご経験だと思います。それからどのように本格的に事業を始められたのですか?
26歳での借入の返済と同時に、カメラのフィルムの現像所を設立したんです。この時にも、祇園祭の経験から学んだ、「お客様の不便や不満を先に解決する。」ということを実行したんです。カメラ現像所にお越しになるお客様の不便や不満は、「フィルムを使い切って現像に出すと、新しいフィルムを買わない限り写真が撮れない。」ということでした。これを解決するために私は、1本現像に出された方には新しいフィルムを1本サービスしたんです。これが、見事に功を奏しお店は流行りました。そして、祇園祭での成功体験から得た、「一つの成功モデルを創りコピーすればチェーン展開出来る。」というもう一つのノウハウも併せて早々に2店舗目を出しました。それから、仕入れ先やフリーのカメラマンの皆さんから脱サラするからフランチャイズでやらせて欲しいと打診を受けフランチャイズでも展開するようになりました。そして、それから4年後には直営4店舗、フランチャイズ4店舗にまで増えました。この頃は、「日本一のフィルム現像所を作ろう。」そんなことを考えていました。

―十数年前、少しずつデジカメが頭角を現してきた時期があったかと思います。その過渡期のような時期をどのように乗り越えられたのですか?
「よし行くぞ!」そんな時にデジカメが出だして世の中のマーケットが変化していきました。「フィルムは少なくなっていくだろう…。」そんな予測も簡単に出来ましたが、私は簡単にはあきらめませんでした。一店舗当たりの集客数を全国平均の3倍集められればデジカメプリントだけでも成り立つという計算のもと、デジカメプリント激安王のビジネスモデルを構築し、既存8店舗に導入しました。結果、集客数は全国平均の5~10倍になり、その後の4年間で80店舗にまで増えました。しかし、それくらいのタイミングで今度はスマホが出たしたんです。これにより、プリント1本では難しいと考えだして、他の柱も創ろうと動き出したんです。

―それは、従来の写真という業界内で他の柱を模索されたのでしょうか?それとも、違う業界も視野に入れて模索されたのでしょうか?
その時期、経営者仲間と年に5,6回タイへゴルフに行っていたんです。その時の楽しみの一つがゴルフ終わりのマッサージだったんです。行く度に同じ店に行くわけでもなく色々な店に行くのですが、どの店に行っても、「メニューがタイ語と日本語しかなく、他の外国語はない。」ということに気付いたんです。そして、タイの方に日本人はマッサージ好きだということを教わり、リラクゼーション業界に参入したんです。それから、今までの経験から得たノウハウを最大限駆使して「ほぐし処手もみ総本店」を展開して行きました。

―手がけられる事業が軒並みヒットしているように見受けますが、店舗型ビジネスにおいて成功する法則のようなものがあるのでしょうか?
「①失敗しない立地②ビジネスモデル③メッセージ」これが揃えばヒット店は作ることが出来ます。そして、中でも重要な立地の選定については、「26項目の成功要因」というものがあることが分かりました。これに照らし合わせるんです。店舗型の成否の80%は立地で決まりますから、まず立地選定を間違えないことです。そして、盤石なビジネスモデルのもと、一般消費者の皆様へ一瞬で伝わるUSPやベネフィットをしっかり打ち出す。これが出来れば店舗型ビジネスが成功する確率は格段に上がります。これからは、店舗型ビジネスを始めようとされている皆様に、私がこれまでの経験の中で培った色々なノウハウを伝えていくというようなことも積極的に行っていきたいと考えています。