株式会社 健幸プラス 代表取締役 大濵 育恵



―看護師・保健師と名刺に書かれていますが、以前は看護師として活躍されていたのでしょうか?その辺りから起業されるまでの事を教えてください。
看護師として大学病院で3年勤務していました。仕事もとても順調で、私生活においても結婚したので、公私共にとても充実していました。そんな風に、第一線でバリバリ働きながらも専業主婦にも憧れがあって、あるとき夫に「専業主婦になってもいい?」と聞くと、「いいよ。」と言ってくれたので退職して専業主婦になりました。それからしばらくして、子供に恵まれたのですが、その子が生後6か月を迎えたとき、私に大腸がんの疑いがあることが分かったんです。当時私は28歳で、2~3年はガンと戦うことを覚悟しました。この時に、健康に対する価値観、そして人生観が大きく変わりました。何よりも「子供のために生きたい。」そう強く思いました。結果、大腸がんの疑いも良性だったのですが、その時に家の中の細かいところまで熟知しているお母さんがいなくても大丈夫な生活スタイルを作ることの重要性を感じたんです。だって、家庭の細かいことを男性は把握してないことが多いですよね。ハンコの場所とか。その後も主婦を続けていたのでですが、だんだんと社会と関わりたくなってきたんです。

―なるほど。専業主婦で育児をされていると中々社会と関わりを持ちにくいですもんね。それから社会との接点は何を通して持たれたんですか?
それから、老人ホームやデイサービスの看護師として週2~3回働き出しました。私の夫は医師で、その当時皆で神奈川に居たのですが、私が働き出してしばらくして京都に戻ることになったんです。そして、また専業主婦になる訳ですが、この頃子供が小学校に通いだしていてママ友が出来始めたんですね。当時私は30代前半でしたが、ママ友は年代が上の人が多かったんです。そして、ママ友と集まっているとき話題になることが多かったのが、「産後の身体や病気の話」でした。「育児に追われて自分の身体の事を気にする暇が無かったから気付いたら乳がんだった。」とか。この時に、「ママの健康を守らないと、家庭を守れない。」と改めて強く感じて、健康チェックをボランティア的に始めたんです。起業と言うか独自での活動を始めたのは、これが最初です。

―ホントそうです。奥さんが健康でいてくれないと家庭は崩壊する可能性が高いです。ボランティア的な活動がどのように事業化されたんですか?
ボランティアではなく、東京で事業として健康チェックをワンコインでやっている会社を真似をして事業化しようと考えたのですが、色々と法律などの壁があって実現が難しかったんです。どうしようかななんて考えていた時に、医師である夫が実家の病院を継ぐことになったんです。当時、その病院ではお弁当に宅配事業をやっていたのですが、その事業は飲食業だと言うことで病院で継続することが難しくなったんです。そこで、その事業を切り離して私が引き継ぐことになったのが弊社のはじまりです。

―ありがとうございます。それから、今年で8期目ということですが、現在経営者として大切にされている信条や考え方はなんですか?
ペイフォワードな世界になって欲しいと考えています。また、個の利益を追求することは総の利益には繋がりませんが、総の利益を追求すると個の利益になる。会社を個と考えた場合、事業ごとの総をどこまでとするか?ということを考えています。

―御社のある向島エリア、それが属する伏見区、そして京都市。事業ごとにどこまでは総とするか。域内経済循環と言いますか素晴らしいお考えだど感じます。昨年からのコロナ禍を含め、今までで最大のピンチはどんなことがありましたか?
2019年のことなのですが、当時訪問看護に病院とタッグを組んで取り組んでいたんです。病院に勤務されている理学療法士さんの中から賛同してくださる方に、週2日のお休みの内一日を訪問看護に充ててもらっていたんです。理学療法士さんからしても自身の勤務先の病院から退院された患者様のその後を自分で見ることが出来ますし、お給料も発生します。弊社としても、結構な売り上げとなるのでお互いに良かったのですが、ある時期に病院と理学療法士の皆さんとの関係の問題でバタバタと退職されたんです。これによって、訪問看護の事業が出来なくなり売り上げがたちまちゼロになりました。このときはしんどかったですね。関連法人を持つことは良いけど、依存しすぎることは良くない。人は出来るだけ自社で雇用する。この経験を通してそんなことを学びました。

―お客様に対する貢献。そんな切り口で考えた場合、そのようなことをお考えですか?
大阪北部地震の時の事なのですが、弊社のお客様の多くは弊社周辺の向島住宅にお住まいなんです。大きな地震が起こるとエレベーターが止まってしまい、ご高齢の皆様は身動きを取ることが難しくなります。その時に弊社に名簿のある高齢者の皆様のお宅を弊社スタッフが一件一件訪問して安否確認を含め、割れた食器の片付けなど出来る範囲の活動を行ったんです。このように、日頃はお弁当をお届けするという「いつものサービス」を「いざというときのサービス」に繋げることが弊社のお客様に対する貢献の一つだと考えています。

―ありがとうございます。今後についてはどのようなことをお考えですか?
身体と心と社会参加がバランスよく相まって「健幸」と弊社では考えているのですが、今後についても「食と看護を通して健幸を支援する」ということを軸にしていくことは変わりません。次の段階として考えているのは、ECサイトを使った冷凍配食です。今までは、地域密着と言うと、ここ向島を中心に考えていましたが、そのような自分視点での地域密着ではなくお客様視点での地域密着を意識していきます。お客様にとっての地域密着とは、そのお客様のお住いのある場所な訳ですから、そこにお弁当をお届けしようと考えています。また、この冷凍配食を通して様々な地域にある企業の皆様に元気になって頂いて、その元気を周辺の皆様にも広げて欲しいなとも考えています。そして、最終的に地域の皆様だけでなく、弊社で働いてくれている社員の皆にも「健幸プラスがいい!」そう言ってもらえる会社にしていきたいです。