有限会社 もりた 代表取締役 森田 作男



―森田社長はなぜ起業しようと思われたのでしょうか?
私の親はサラリーマンをしていましたし、代々の商売人の家系という訳ではないのですが、祖父が材木卸業をやっていたそうなんですね。家にもその名残の「事務所」と言われる場所があって小さい頃から何となく商売人に対して憧れを持っていました。そして、高校時代の友人になぜか商売人の息子が多かったんです。そんな友人達を見ていると、羽振りが良いというか何と言うか、「やっぱり商売人の息子っていい思いが出来るんやな…。」って感じたのを今でも覚えています。それから、大学に進学して、いざ就職活動と言う時期になったとき、「10年修行して商売人になろう!」と決めて就活をはじめました。そして、京都の電機機器の商社に就職しました。そこでは、IT関連の新規開拓の営業から始まって営業マンとしてのいろはを徹底的に勉強させてもらいました。そして、当初の10年で独立という目標から1年過ぎた11年目の時に、独立を宣言し退職しました。それから、電機機器の商社時代に知り合った経営者さんとのご縁で、複数人で京都の老舗の食材のセレクトショップを共同経営することになったんです。この時に、相当数の成功体験と失敗体験をさせて頂きました。そして、共同経営をはじめてから4年程経過した頃、このままではどこまで行っても共同経営だと感じて、当時私が担当していて事業規模が大きくなる過程にあった漬物事業を事業部ごと独立することにしたんです。

―会社員から共同経営、そして単独経営者へ。何とも着実なキャリアアップですね。御社は設立されて今年で18年とのことですが、経営者として大切にされている考え方とはどのようなことでしょうか?
私に限らず、経営者というものは様々な場面で様々な意思決定をしないといけません。その意思決定をするときに「考えるけど、悩まない。」そんな思いを大切にしています。というのも、やはりビジネスにおいてはスピードが重要だと考えているからです。そして、商品については、「私自身が納得できる商品を作ればお客様に対して感動を提供することが出来る。」と考えています。この感動さえご提供出来れば、おのずと商品のファンが増え、それに伴い売上げも付いて来る。そんな思いと言いますか信条を持っています。

―感動の提供というのは決して簡単なことではないと思いますが、それを叶えるためにどのようなことに最も時間を使われていますか?
とにかく情報収集です。道を歩いていてもキョロキョロ、信号待ちをしていてもキョロキョロ、キョロキョロ。どこで何をしていても、何か少しでも気付きがあればスマホにメモしています。全ては、お客様に感動をお届けするため。なんて言うとかっこよすぎるかもしれませんが、どんな時でもビジネスに活用できるヒントを探し続けています。

―ここ京都において、漬物業界への新規参入というと決して簡単なことではないように思いますが、どのような考えと言いますか戦略をもってこのステージで戦われているのでしょうか?
「創業〇百年」とか「店舗数〇百店」というような分かりやすいキャッチコピーが弊社にありません。弊社は「新しくて小さい店」なんです。しかし、これは、何も悲観することはなく、逆転の発想とでも言いますか、歴史が浅く小さい店だからこそ世の中に無いモノや変わり種を正々堂々とリリースすることが出来るんです。それに私は、IT関連のシステム営業をしていましたので、お漬物の業界でずっと生きてきた方とは少しモノを見る視点が違うように感じています。それがカタチになったのが、壬生菜のしば漬け、九条ねぎの浅漬け、ごま大根、フリーズドライのお漬物です。このように、よそがやっていない事をやることで、お漬物の新しい可能性を伸ばせているんじゃないかと感じています。

―まさしく新しい価値の創造ですね。その新しい価値創造を通してお客様へはどのように貢献されているのでしょうか?
先程もお話しましたが、弊社は新しくて小さい店なんです。それ故、大手にはない圧倒的なスピードと小回りが利くんです。それを最大限生かし、お店に反映させています。行く度に同じ商品があるお店ではなく、テーマパークのように永遠に完成させないお店作りを行い、常に時代に合わせ、お越し頂くお客様全員に常に新しい発見や感動を提供して楽しんで頂きたいと考えています。

―素敵です。ほんと素敵です。かなり高い位置でモチベーションをキープされているように思いますが、その源って何ですか?
目標を達成したら次の目標を決めるということですね。目標を達成するために何かに全力で取り組んで上手くいかなかったときは当然悲しいですが、成し遂げた時の達成感は何物にも代えがたいものがあります。そして、目標を達成したとき、達成すると同時に「もうひと仕事したい!」そんな思いが沸々と湧いてきて、また新しい目標を決めるんです。こうし続けることが私のモチベーションの源になっているように感じています。

―ハイモチベーションの無限ループですね。これから先のことはどのようにお考えですか?
私は、京都府南丹市出身なのですが最後は地元に恩返しとでも言いますか、生まれ育った場所に貢献したいと考えています。「街で修業して、地元で力を発揮する。」そんなことをやっていこうと計画しています。具体的には、「食の京都 丹波路」というプロジェクトに向こう5年間は注力してカタチにしていきます。京都北部から日本海にまで続く丹波路。そこで働かれている農家、畜産、漁業を携わる皆様と共に、まだ知られていない京都の食材の魅力を日本全国へ発信していこうと考えています。