株式会社 山中精工所 代表取締役社長 山中 喜郎



―山中社長で4代目とのことですが、いつ頃から会社を継ごうと考えるようになられたんですか?
2年程前まで、自宅が会社のすぐ隣にあったんですよ。そこでずっと育ったので自分の生活の一部に会社がありました。小さい頃に、会社の壁に向かってボールを投げて遊んでいると、いつの間にか社員さんがキャッチボールの相手をしてくれるなんてことが日常でした。そんな環境で育った訳ですから、私にとって家業に入ることは自然なことでした。先代の父からは、「会社を継げ。」とは一度も言われたことはありませんでしたが、「医者か弁護士になるなら継がなくてもいい。」と高いハードルを設定されていたので、そんな話をされていた頃には家業に入ることは確定していました。そして、大学卒業後は、3年間だけ修行をしようと他社に行きましたが、入社当時世間では「パソコン・携帯・デジカメ」という新三種の神器が爆発的に流行り出していて3年も他社に行っている場合じゃなくなって結局1年で家業に戻りました。そして、2014年に先代の父が70歳の時に代表を継ぎました。

―医者か弁護士になるなら継がなくていいって・・・。何かずるいというか何と言うか・・・。でも、今となっては入社されて20年以上経つ訳ですが、経営者として大切にされていることはどんなっことですか?
弊社には、22歳から68歳くらいまでの幅広い年齢層の社員が働いてくれています。それだけ幅広い年齢層のスタッフがいれば、世代間のギャップがどうしても発生しますし、それが埋まらないこともしばしばあります。特に年代が上の世代は、自分よりもお客様の為という考え方が強い傾向にありますが、若い年代はその傾向が上の年代の皆さんと比べると弱い傾向があります。そういった違いを考慮しながら、組織を運営することを心掛けています。

―良い悪いではなく、そういう違いがあることは仕方ないですよね。次に、山中社長が一番時間を使われてことはどのようなことですか?
「社員の皆に自主性を持って仕事に取り組んでもらうにはどうすればいいのか?」ということを考えることに時間を使っているように思います。以前と比べ随分自主性を持ってくれるようになったようには思いますが、そうなったことで意見が対立する場面が出てきます。しかし、私はこういう衝突と言いますか、意見を戦わせることは良いことだと考えています。意見を戦わせることで、新しいアイデアが出てきたり組織が活性化したりといったプラスの面が大きいからです。これからは、社員の皆が意見を戦わせることが出来るような環境の整備をしていきたいですね。

―社員の皆さんがご自身の意見を言える環境というのは素晴らしいですね。その他に社員の皆様へは、どんな思いをお持ちですか?
目の前の事だけではなく、視野を広くもって動いて欲しいと思っています。また、自分以外の社員の仲間達への、尊敬と敬意を忘れないでいて欲しいですね。まずは、自分の周りの仲間の頑張りを賞賛し称えるということをしてもらいたいです。そうすれば、自分に対しても自然に周りからの良い評価も集まってくると思いますのし、結果的に皆の良い関係が作れると思っています。また、仕事に対しては、失敗や責任等を考えすぎるあまりチャレンジしないのではなくて、各個人がプロフェッショナルとして最高の結果を出すことを目指して取り組んで欲しいと考えています。

―尊敬と敬意。それが浸透した組織は素晴らしいですよね。ここで少し言いにくいかもしれないことを伺いますが、今までで最大のピンチとはどのようなことでしたか?
リーマンショックを皮切りに数年しんどい時期が続きました。リーマンショックの時期、完全に経済が停滞して弊社も売り上げが半減しました。その時期、世間はリストララッシュでしたが弊社では、社是の「和」に則り、一切のリストラは行わず数%の給与カットで耐えていました。その間、お客様にも恵まれ何とか1年程耐えた辺りから経済が少しづつ動き出し、弊社の業績も徐々に回復していきました。しかし、次に東日本大震災とタイ洪水が立て続けに起こりました。中でもタイ洪水では弊社の取引先の自動車のパーツを作る会社のタイ工場が大打撃を受けました。当時の日本は自動車産業が復活基調にある時だったので、海外から部品の供給が止まるというのは、その復活基調に歯止めをかけてしまうことになりかねませんでした。そんな時に、「どうにかしてくれ!」と弊社に1本の電話が入ったんです。その電話を受け、タイの工場で使う車のパーツを作る機械をたった3か月で仕上げ納品しました。この時させて頂いた仕事は弊社も日本の自動車産業の復活に少しは寄与したと感じています。

―すごいお仕事をされたんですね!使命感や情熱をもってお客様と関わられていると感じますが、お客様へはどのように貢献されたいですか?
まず思うのは、お取引させて頂くお客様とは細く長くお付き合いさせて頂きたいと考えています。そういう思いをもってお客様と接することで、結果的に私が入社した頃10社程だった取引先が、今では70社程にまで増えました。また、世の中に役に立つような便利なモノを作ることを通して皆様には貢献していきたいと考えています。

―ありがとうございます。最後に、会社の今後のことについてはどのようなことをお考えですか?
弊社は「モノづくり」という日本の産業の一角を担っています。ですから、モノづくりにおいて海外には負けたくありません。また、マネしたくてもマネできないモノを作りたいと思っています。世界中でMade in JAPANが良い評価を受けることは当然の事として、いつかは「Made in YAMANAKA」が評価され、「Made in YAMANAKAで買いたい!」と言ってもらえるようなモノづくりが出来る会社にしていきたいと考えています。