祇園たんと 代表 辻 貴雄



―辻代表はどのような経緯で、こちらのお好み焼き屋さんを始められたのでしょうか?
「祇園たんと」の前身は私の母がやっていた「てんてん」というお好み焼き屋なんです。母がそのお好み焼き屋を始めたのは、1997年のことなのですが、当時の私はと言うと現在とは全く畑違いの生コンの会社で会社員をしていました。しかしながら、「将来は経営者になりたい。」という思いは持っていて、勤めていた生コン会社の社長にもそんな話をしていました。そして、母がお好み焼き屋を始めて3年程経過した2000年。母の体調が思わしくなくなったんです。そんな母やお店の状況を鑑みて、「店を継ごう!」と決意して会社を退職してお店に入り2000年から母と一緒にお店を運営して色々教わりました。そして、2007年、店の運営について母と意見がすれ違うようになり、母がてんてんという屋号を持って出て吉祥院に店を出したんです。それに伴って、てんてんという屋号は使えなくなり、店の電話番号も変更せざるを得なくなりました。これによって、金融機関からすると私を以前から知ってはいるけれども「新規扱い」になる訳です。そんなタイミングで私の店はと言うと店舗改装の工事が着々と進んでいました。もちろん金融機関からの借入が出来ることを前提に。しかし、ふたを開けてみると、先程の話で「新規扱い」になる為、「貸せません。」と言われる訳です。でも、工事は着々と進んでいました。工事金額は500万円。私は慌てて金策に走り回り国金から300万円、友人から200万円を借り何とか工事代金を支払って、2007年1月現在の「祇園たんと」をスタートさせました。

―スタートからいきなり劇的と言いますか何といいますか…。この流れで伺いますが、2007年から今日までで、辛かった時期はいつでしたか?
2011年のことです。当時、祇園のこのお店ともう一店舗山科にもお店があったんです。当時の私は、店を良くしたいという思いから外部研修にばかり行っていました。しかし、その時のお店はと言うと私の思いとは裏腹に決して褒められた状況にはなく、お金の問題があったり、信頼していたナンバー2やナンバー3のスタッフが辞めていき15名程度いたスタッフが4名になったりとそんなことが続きました。この時に私は、「自分に経営は向いていない。自分も周りも不幸にしてしまっている。」そう感じて、店を閉めようと思ったんです。しかし、その時に店に残ってくれたスタッフの一人が、「ナンバー2とかナンバー3が辞めたから、たんとを閉めたとか言われたら悔しいから頑張りましょうよ!!」と言ってくれたんです。

―うわー、メチャクチャドラマチックですね。そこから行列の絶えない繁盛店になられた訳ですが、そこにはどんなストーリーがあったのでしょうか?
「悔しいから頑張りましょう!」とスタッフは言ってくれる訳ですが、そのスタッフの子供は当時はまだ小さかったので夜遅くまで営業してお店に立ってもらうのは無理だったんです。どうしようかなぁ…と考えて注目したのが観光客だったんです。ここは祇園ですから地元のお客様を対象にしてしまうとどうしても夜遅くまで営業する必要性が出てきます。しかし、国内観光客をメインにするとそれ程遅くまで営業する必要はありませんし、それならそのスタッフも働けるとのことだったので一気に国内観光客をターゲットに舵を切りました。そして、世間でインバウンドという言葉が出回る前から国内観光客から海外からの観光客にターゲットをシフトさせていきました。そうしたことが功を奏し売り上げはドンドン上がっていきました。しかし、売上と反比例するように22時閉店と営業時間は短くして休業日を設けて、さらに海外旅行者の皆様がSNSの写真をみて「コレ」と注文されるメニューが限定されたのでメニュー数を減らしていきました。

―メニュー数を減らして営業時間を短くして、休業日まで作るけど売り上げは増えていく・・・。とんでもないことが起こっていたんですね・・・。しかし、海外観光客をメインターゲットとすると昨年からのコロナ禍は打撃が大きかったと思うのですがいかがでしょうか?
売上は約95%下がりました。当然、行政の指導に従いますからお店が開けられないんです。開けたとしても人が来ないんです。2007年のオープン以来はじめて、「来客ゼロ」と「赤字」を経験しました。昨年、初めてそんな経験をしたのでしばらく思考が「待ち」の思考になってしまいました。しかし、待っていても何も変わりませんから、初心に立ち返り「どうやったらお客様に来てもらえるのか?」「お客様にどうやったら喜んでもらえるのか?」と、オープン当初ずっと考えていたことをもう一度見つめ直して、もう一回一からたんとをつくり直そうと決意し現在取り組んでいます。

―原点回帰。それは誰にでも当てはまることのように思います。ところで、2011年に残られた4名のスタッフの皆様は今もいらっしゃるんですか?また、スタッフの皆様によくお話になられることがあれば教えてください。
その当時の4人はまだここに居てくれています。もはやファミリーです。そのスタッフ以外にも新しいスタッフはいますから、そんなスタッフには「理不尽なことに耐えろ。」と言っています。正しいと思っていても出来ないこと等、世の中理不尽なことが多いものです。その一つ一つに反発していても仕方ないので耐えるように言っています。昨年からのコロナ禍を原因とした緊急事態宣言に伴う休業要請や時短要請にも思う所があることは否めませんが従っています。何かしらの理由を付けてお店を開けてしまうと、私が理不尽なことに耐えられていないということになりますから。

―ありがとうございます。最後に、素敵なスタッフの皆様への思いやこれからの事をお聞かせください。
私は、社員もアルバイトも関係なくスタッフの皆には、「たんとで働けて良かった。」と言って貰いたいんです。そして、私自身も彼らに対して「あなたに出会えて良かった。」と言いたいんです。これまでもこれからもスタッフの皆とは、そう思い合える関係でいたいです。そして、お店については、「人が店を育て、店が人を育てる。」そんな店を作りたいと考えています。今回のコロナ禍で、基本に戻ることの重要性を改めて再認識しましたので、私の芯に脈々と流れている、「働いてくれているスタッフ、国内も海外も分け隔てなく全てのお客様、そんな皆様のためになるのか?」と自問自答し、皆様全員のためになることに取り組んでいこうと考えています。