京都・西陣  都製麺所 四代目副代表 奥野 貴史



―大正8年4月創業ということは今年で102年ですか・・・スゴイ歴史ですね。奥野様で4代目とのことですが、自然な流れで家業を継がれたのでしょうか?それとも、違う道に進まれた時期があったのでしょうか?
自然な流れでしたよ。何せ自宅と工場が同じ敷地内で一緒でしたから、仕事が生活の一部でしたし、またその逆も然りでした。ですから、小さい頃から父の仕事を手伝うなんて言うことがごく当たり前の日常だったんです。それから高校はサッカーにのめり込んだのですが、そんな時期でも繁忙期は部活の傍ら手伝っていました。そういう生活を送っていましたから卒業後は家業に入るのはごく普通の流れでした。しかし、どうせ家業は継ぐんだからということで、当時好きだった旅行の仕事を経験しようということで、3年間の予定で旅行会社に就職し旅行の添乗員になったんです。しかし、旅行会社で働き出して1年程経過した時、知り合いの製麺所がお店を閉めることになって、そのお客様をウチが引き継ぐことになったんです。それによって、いきなり顧客数が倍に膨れ上がって、急激に忙しくなったので当初3年の予定を1年で切り上げて24歳の時に家業に戻って来ました。そして、今から約10年前父の入院を機に私が4代目に就任しました。

―ありがとうございます。ということは、今年で家業に戻られて約34年経つ訳ですが、現在経営者として大切にされている信条や考え方とはどういったことでしょうか?
商売に限って言うと、「目先の売上げよりも遠くの利益」。そんな風に考えています。というのも、私達の業界で目先の売上を優先した結果、今残っていない会社を数多く見てきたからなんです。ですから、「目先の売上げより遠くの利益」。これを大切にしています。

―なるほど。そういうお話は他の業界でもたまに耳にします。では、奥野様の数十年の歴史の中での最大のピンチとはどういったことでしょうか?
私が先頭に立って事業をやりだして10年弱ですが、お陰様でその間業績はずっと右肩上がりだったんです。しかし、新型コロナウイルスの影響を受け昨年初めて売り上げが落ちたんです。そして、現在でも売り上げは戻っていません。国は補助金等色々な施策を用意してくれていますが、今は企業体力を見直す時期と捉え、唯々耐え、じっと我慢しています。

―答えにくいことをお答え頂きありがとうございます。奥野様の考えていらっしゃるお客様への貢献とはどういうことでしょうか?
私たちの仕事というのは、コンビニのように頻繁に新製品を出すような仕事ではないんです。私たちの仕事というのは、毎日同じものを同じクオリティでお届けするということです。同じものを同じクオリティで作るというのは一見簡単のように思われるかもしれませんが、これが難しいんです。日々の製造工程の中であれば、その日の気温や湿度で微妙に小麦粉と水のバランスを調整しないといけません。そして、日々の製造工程よりももっと長期的な視点で考えた場合には、緩やかに変化していくお客様の好みに合ったものを作り続けないといけません。例えば、昔と比べてうどんは固くなっていますし、お出汁はコクが強調されるようになっています。このような変化を長い時間の中で緩やかに行っていくんです。そうして初めて、お客様からいつもの味。いつものクオリティ。と評価して頂けるんです。

―変わらない為に変わる。だから、100年以上の歴史があるんですね。現在も変わらず工場での製造から配達、そして対外的な活動と精力的にお仕事をされていますが、そのモチベーションの源って何なのでしょうか?
確かに夜中2時半から工場で製造を始めて、それが終わったらトラックに積んで配達に出かけて街中を走り回って事務所に帰ってホッと一息つくのが16時。こういうスケジュールが日常なので、何がモチベーションなの?って思われても仕方ありませんね。そんな、私のモチベーションはと言うと、やっぱり単純に仕事が好きなんです。そして、モノづくりが好きなんです。ですから、純粋に仕事が楽しいんです。楽しい何て言うと語弊があるかもしれませんが、少なくとも苦ではありません。また、私が仕事をしないと家業がダメになってしまうというような責任感と言いますかある種の義務感のようなものもあります。仕事を楽しむという気持ちと責任感や義務感。このバランスが取れているので、やっぱり仕事は楽しいですね。

―ありがとうございます。100年以上続く家業の4代目でいらっしゃる訳ですが、後継者についてはどのようなことをお考えですか?
私には娘と息子がいるのですが、娘にしても息子にしても楽をするなという訳ではありませんがある程度の苦労はした方が良いと考えています。これは、家業を継ぐためにという訳ではありません。今大学生の息子には教職を取るように言っています。そして、そのままの流れで、教師の道に進んでもいいと思いますし、私が旅行会社に行ったように別の道に進んでも良いと思っています。娘にも息子にもそれぞれに人生がありますから。戻って来て家業をやるのなら戻ってくればいいですし、戻らないのであれば私の代で終わりにしても良いと考えています。

―後継について、そんな風にお考えなんですね。最後になりますが、今後の事についてお聞かせください。
私は今まで、販路の拡大やネットショップ、新商品開発等色々なことに取り組んできました。しかし、私たちが作り続けている「うどん」というものは、どこまで行っても“普通に買う商品”なんです。“わざわざ買う商品”ではないんです。ですから、お客様もうどんに目新しいものを期待されていないんです。しかし、その代わりに、同じものを同じクオリティで作り続けるということが求められています。このお客様からの期待を裏切らない為に、これからも同じものを同じクオリティで作り続けていきたいと考えています。