株式会社 マーチ 代表取締役 糟野 友則



―お父様が、国内でDUCATIやBMWのバイクの販売をされているカスノモーターサイクル社長で、糟野社長がバイクの輸出入の株式会社マーチをされている訳ですよね。親子で国内外を股にかけてビジネスをされていてすごいなと思うのですが、学校卒業後はすぐに家業に入られたのですか?
私は元々、料理が好きで調理師の免許を取るために滋賀県の高校の調理科に進んだんです。そして、高校を卒業を前にして父の経営するバイク屋の工場長から、「戻って来て継いでほしいな。」と声を掛けてもらったんです。この声を掛けてもらったということが嬉しくて、高校卒業、埼玉にあるホンダ学園に整備の勉強をするために入学したんです。その時に、1年間オーストラリアへ留学するチャンスがあったんです。海外には興味があったのですぐに申し込んだのですが、学内の選考に漏れてしまって留学できなかったんです。それから専門学校を卒業して、1年程関東のバイク屋さんで整備の仕事をしながら英語の学校に通ったんです。それから京都に戻って来て、父の会社で整備士として働き始めたんです。そして、2年程経過した頃、「整備士としてのキャリアは順調に重ねているけど、この生活がこれからもずっと続くのか…。」と考えた時に違和感を感じ始めたんです。そんな時に、昔行きたくても行けなかった海外に行くという思いが日に日に強くなってきたので、会社を退職してワーキングホリデーでバンクーバーへ1年間行くことにしたんです。

―一旦家業に入られてから、海外に出られたんですね。それって、専門学校時代、留学できなかった思いを叶える為なのか、それとも、ビジネスが目的だったのでしょうか?
ビジネス目的ではありませんでしたよ。英語の勉強がしたかったんです。ですから、毎日どっぷりと英語の勉強につかりました。そして、留学して10か月程した頃からドンドン英語が上達していくのが自分でも分かりました。そんな時に、通っていた学校の校長先生から、「ビザを出すから、あと2年ここに残って働いてくれないか?」と言われたんです。もちろん快諾して、それから働きながら勉強するという日々が始まりました。そんなことをしていると当然英語もドンドン上達していきました。そして、働き出して2年目には、その学校の営業担当として日本に帰って来て生徒集めの営業活動をするなんて言うこともしていました。ちなみに家内とは、その時に出会いました。そして、学校で働き出して2年目が終わろうかという頃に学校の経営が傾きだして、あれよあれよという間に潰れてしまったんです。それから私は、モントリオールに行ったのですがその頃に当時まだ結婚していなかった家内との間に子供が出来たんです。これをきっかけに日本に戻ってくることにしたんです。

―なんだかドラマチックというか、いいですね!そういう展開。憧れます。それから、どんな経緯で今に至るのですか?
当然仕事をしないといけない訳で、それでここに戻って来たのですが、バンクーバーへ行く前のように父の会社に戻ると以前と同じ整備の仕事に戻る訳ですが、せっかくなら長い海外生活の中で培った英語の能力や経験を活かそうということで、現在の弊社、株式会社マーチでバイクの輸出入の事業をやるようになったんです。

―なるほど。バイクの整備も出来て英語も堪能な訳ですからメチャクチャ適任ですよね!昨年からのコロナ禍でバイク人口が増えたなんてことを耳にしますが、そんなバイクに乗られている皆様への思いをお聞かせください。
まだ日本の誰もが知らないようなバイクを海外からもってきて、知ってもらって、乗ってもらって、楽しんでもらう。こういう体験を皆様には提供していきたいと考えています。また、お客様には、バイクは勿論のこと、その価格や私達が提供するサービスにも満足してもらいたいと思っています。また、バイクというモノばかりを見られるのではなくて、「糟野さんが扱ってるバイクやから、糟野さんのとこのにしよか!」と人を見て選んで貰いたいとも考えています。

―バイクや車はどうしても見た目や性能等に目が行きますが、今となっては各社、劇的な違いは無いように思います。そうなると、最後はやっぱり人が重要ですよね。御社は少数精鋭という言葉がピッタリだと思いますが、スタッフの皆様に対してはどのような思いをお持ちですか?
社長は嫌われるもんや。みたいなことよく聞きますが、あまり好きじゃない考え方です。社長だからとか、そういう役職に囚われずに仕事には取り組みたいです。昔は、仕事が出来ないスタッフに対して、「何で出来ひんねん!」と思うこともありましたが、そんなネガティブな考え方をしても、そのスタッフの為にはならないと気付いてからはそんな思いを持つことも無くなりました。出来ないことを追求するよりも、個々に出来ることや得意なことを伸ばす方が大事だと考えていますし、そうできる環境作りをするよう心掛けています。

―素晴らしいお考えだと思います。そんな糟野社長のモチベーションの源って何ですか?
新型コロナウイルスがまん延するまでは、「行きたい国に仕事をつくる!」ということが楽しくて、モチベーションの源になっていました。しかし、簡単に海外に行くことが難しくなった今となっては、単純に仕事や商売そのものがモチベーションの源になっています。好きな仕事を好きな人として、お金がもらえて喜んでもらえる。こんな仕事が出来て最高だと思っています。

―理想的な仕事であり、理想的な人生のように映ります。最後に今後のことについてお聞かせください。
私は食べることも好きなので、食品の輸入などバイク以外の貿易にもチャレンジしたいと考えています。また、自社ブランドの「AELLA」の輸出に力を入れて、世界での認知度を上げて世界中の皆様から選んで頂けるようなブランドにしたいと考えています。また、既に現在スタートしている日本のメーカーのパーツの輸出入も拡大していこうと計画しています。