株式会社 松彦建設工業 代表取締役 松本 良平



―御社のホームページを拝見しましたが、前身は左官業だったんですね。そこからどのように現在のような建築もされるようになったのでしょうか?
先代の父が創業した当時は、日本は高度経済成長に沸いていて、大工も左官もとても栄えている時代でした。あちこちに家がどんどん建っていて建築業界はとても潤っていました。そんな時代に父も左官業を営み忙しい日々を送っていました。そして、私が高校生くらいになったときに、父が左官業だけでなく建売も始めたんです。それから、高校を卒業して家業に入り父の建てた家だけではなく色々な家を見るうちに、「このままの家づくりを続けてはダメだ。」と感じたんです。ですから、自分は左官職人の道には進まず私自身が納得できる家を建てようと決意したんです。ですから、左官と建売をやっていた父の会社とは別に、注文住宅の会社を24歳のと時に設立しました。このような流れで建築を始めました。

―なるほど。24歳の時ということは約30年ほど前になりますが、当時の注文建築っていかがでしたか?今ほど注文建築というのがスタンダードではなかったのではないかと思うのですがいかがでしたか?また、そこからどのように現在に至るのでしょうか?
注文建築をやると言って別会社を作ったものの思うようには仕事は入ってきませんでした。一人だと仕事がないので、大手さんの下請けに入るとお仕事は頂けるのですが、思うような利益を出しづらい訳です。だからと言って一人でやろうにも仕事が入って来ない・・・。こんなどっちつかず状態が10年ほど続きました。「このままじゃいけない!何とかしないといけない!」ということで営業活動もしていたのですが、これも全然うまくいきませんでした。「どうしようか・・・。」そんな解決の糸口の見えない悩みを抱えていた時に、ふと昔「このままの家づくりを続けていてもダメだ。」と思って注文建築を始めたころの思いが蘇ったんです。そして、それと同時に「正しい家づくりにチャレンジしよう!」という思いが沸き上がってきたんです。そして、私一人ではどうにもならないので、営業マンの代わりとなるようなモデルハウスの図面を著名な設計士さんに書いてもらって、それを弊社で建築したんです。それがこの京都サロンです。そして、「著名な設計士が設計した家を、無名の松彦建設工業が建てた。」ということを世間に一気にリリースして、日本全国の設計士をこの京都サロンに呼んだんです。すると、リリースしてからの2年間で約2,000名の設計士さん達が見学に来てくださり、それからは、その設計士さんたちが自身のお客様を連れて見学にお越しになられるようになったんです。それから、見学来られた設計士の皆様から建築のご依頼をいただくようになり、年間の施工棟数が約3倍程度にまで跳ね上がりました。現在では、今の弊社の規模で引き受けらえる限界のご依頼を頂けていて、弊社の考える「正しい家づくり」を少しづつ実現させることが出来ています。

―思うように事業が進んでいない中で大きな決断をされたからこそ今があるんですね。現在のような栄光の影には、つらい時期も長くご経験されたとのことですが、その中でも辛かったのはどんな時期でしたか?書いてもいい範囲でお聞かせ頂きたいのですが。
1年半もの間仕事が無かった時期が辛かったです。どこの誰に聞いてもお願いしても何の仕事も入ってきませんでした。どうにもならなくて、チリ紙交換なんていう全然違う仕事までやりました。この時期は、本当に思いつくことは全部やりましたね。そこから、事業が上向きになったきっかけは1件の紹介でした。「設計士の設計した家を建てられるか?」というもので当時は、設計士さんの設計した家を建てた経験なんて十分になかったのですが、二つ返事で「建てられる!」と返事をしました。そんなことをキッカケに本業に本腰を入れだすと不思議なもので、少しづつお仕事の依頼が増えていって窮地を脱することが出来ました。

―1年半というのはとんでもない期間ですね。僕なら耐えられそうにありません・・・。松本社長はお客様に対してはどのような思いをお持ちですか?
私が言うのもなんですが、松彦建設って、メチャクチャいい家を建てるんですよ。そんなメチャクチャいい家を建てることが出来ている要因は、関わる全員が住まわれるお客様のために仕事をしているからだと感じています。弊社は元請けなので、下請けの業者さんにお仕事をお願いするのですが、元請けだからと言って偉いなんて全く考えていないんです。全員対等だと考えています。ですから、下請けさんを叩いたりなんて絶対しません。下請けの業者さんとそんな関係を保ちながらお客様のことを思って完成させた家というのは、家に入ったときの雰囲気が全然違うんです。温かみがあるというか何というか、言葉では表現しにくい何ともいい雰囲気があるんです。そんな家を建てることが私達のお客様に対する貢献なんだと考えています。

―素敵ですね。では、従業員の皆様に対してはどのような思いをお持ちですか?
特に何かやいやい言うようなことはありません。人の振り見て我が振り直せとでも言いますか、そんな風に接しています。たとえスタッフが仕事でミスをしたとしても、本人はミスしたことをちゃんと理解して反省していますから、それに輪をかけて私がやいやい言っても仕方ありません。本当に皆に任せています。それに、私が何かにつけて前に出るよりも、皆でお互いに腹を割って関わった方が結局いいものが出来ると感じています。

―ありがとうございます。少し色の違う質問をしますが、事業承継についてはどのようなことをお考えでしょうか?
次の代については、その時に出来る人がやってくれればいいと考えています。私は、現在53歳なのですが、今のうちから次の世代にしっかりとバトンタッチできるようにレールを引き始めています。そして、次の世代が苦労しないような状況が作れたタイミングで引退をしようかと考えています。

―そのために一般社団法人も作って次世代の育成に力を入れていらっしゃるんですね。会社の今後についてはどのようなことをお考えでしょうか?
これからも注文住宅をコア事業として運営することは変わらないのですが、競争が激化している現在のターゲット層から脱却して、富裕層をターゲットにした高級志向の注文住宅に力を入れていこうと計画しています。高級志向の家となると、当然ながら難しい注文も多くなりますが、その分関わる全員のスキルも上がります。そうなれば、他社との差別化が自然に進んでいき、仕事が集まってきます。そうなると、全員が仕事を楽しくすることが出来ますので、結果的にメチャクチャいい家が出来てお客様い喜んで頂けます。こんな好循環をもっと加速させて皆様に喜んで頂きたいと考えています。