有限会社 シオン 代表取締役 久田 和泰



―久田社長が、こちらのお花屋さんを創業されたとのことですが、どのような経緯でお花屋さんを創業されたのでしょうか?お花屋さんを創業された男性の経営者様とは初めてお話しするので何かと興味津々なのですが。
小さい頃から花が好きで好きで・・・というタイプではなかったんです。19歳から23歳までは、運送会社で働いていましたから。一見お花と運送とでは、何の接点もなさそうなのですが、私はここで運命的な出会いをすることになるんです。それは、花市場での卸業務を担当することになったんです。岐阜や愛知といった他府県のお花の生産者さんを回ってお花を預かり、京都の花市場に卸す。一般の運送とは違い、このような仕事をするようになったんです。この業務を始めた頃は特に何も思わなかったのですが、毎日毎日花を見て触っているうちに、次第に花の魅力に気付きだしたんです。そして、日に日にその思いが強くなり、「こんなに素敵な花の魅力をもっとたくさんの人に知ってもらいたい!そのために花屋になろう!」と決意したんです。それから、運送会社の時にお世話になった花市場で修業をさせてもらえることになり、市場で卸の現場やそこに来るいろいろな花屋さんとの交流を深めさせてもらいました。そして、2年ほど経った頃ご縁を頂き修学院にある花屋さんで一般のお客様への小売りを学ばせて頂きました。そして、その花屋さんに勤めだして2年ほど経過したころ、花市場の方から、「宇治の小倉のショッピングセンター内にある花屋さんのオーナーが店を手放すって言うてるんやけど後やったらどうや?」と声を掛けて貰ったんです。当時の私は、京都市北区に住んでいましたし職場も修学院でした。宇治の小倉と言われても何の土地勘もなかったのですが、花屋さんをしたくてそのために今まで修行してきた訳ですから、これはチャンスということで思い切ってその花屋さんを引き継がせてもらったんです。それが、1990年1月4日。私が27歳のときのことです。

―運送会社の時に運んでいたお花からその魅力の虜になるってなんだか素敵なお話ですね!創業されてから約32年経ちますが、その歴史の中で辛かった時期はいつでしたでしょうか?差支えない範囲でお聞かせ頂きたいのですが。
創業当時は、「花屋に若い兄ちゃんが来た!」なんて言って近隣の皆様にずいぶんかわいがって頂いたんです。そのお陰もあり、売り上げはどんどん右肩上がりでした。お店の入っていたショッピングセンターからも、「すごいですね!」といい評価を頂けていました。正に順風満帆と言いますか、私自身もとても満足のいく充実した日々を過ごしていました。そんなときに、そのショッピングセンターが改装する話が出たんです。そして、その時に改装工事の責任者の方が、「花屋さんをもっと前に出した方がいい!」と熱心に押してくださり、ショッピングセンターに入らずとも目に留まる一番前の入り口近くに移動させてもらったんです。すると、お店の広さ自体は変わらなかったのですが、売り上げが約1.5倍まで跳ね上がったんです。これに勢いづいた私は、醍醐、山科、木津とどんどん出店していったんです。出せば流行る。売り上げは右肩上がりで絶好調。完全に調子に乗りました。この辺りからスタッフの退職が多くなったり、クレームが増えたり、スタッフ間での人間関係に問題が出てきたりし始めたんです。現場のスタッフが私の思い描く花屋さん像からどんどんかけ離れていっていました。「自分には、経営が出来ていない。」ということを痛感した瞬間でした。それから、山科と木津のお店を閉店し、経営者としての自覚をしっかりと持ち、経営者として様々な勉強を始めると同時にスタッフともしっかりと向き合うということをはじめたんです。そうすると、徐々にではありますが至らなかった部分や良くなかった点が改善されるようになり現在に至ります。

―ありがとうございます。辛い時期にスタッフの皆様のことで悩まれたのであれば、スタッフの皆様に対する思いはひとしおだと思います。経営者としてスタッフの皆様に対してどのような思いをお持ちですか?
スタッフの皆は本当に大切です。業績が右肩上がりの時は、「人は勝手についてくる!」と考えていました。そして、そこから業績が下向きになり辛い時期には、「人件費=経費」と考えていて、頑張ってくれているスタッフたちに対して、「無駄なお金は1円も払わへんぞ!」というような態度をとっていました。私がそんな態度なので余計にうまくいかず悪循環がずっと続いていました。そんなときに、あるキッカケで障がい者雇用をすることになったんです。そして、知り合った一人の青年との出会いが私のスタッフとの関わり方が劇的に変化するキッカケになったんです。その青年との出会いから、人は、「どこで働くか、何をして働くか、誰と働くか。」という3つの要素を揃えれば個人の持っているすごい能力を発揮することに気づかされたんです。それから、現在に至るまで、3か月に1回はスタッフ一人一人と個人面談を行って、各個人に最適な3つの要素を揃える努力をして皆の働く環境を少しでも明るく楽しく、そして働きやすくするように努めています。

―3つの要素がそろえば個人の能力を最大限発揮できるというのはすごい発見ですね。では、お客様に対してはどのような思いをお持ちですか?地域に根差されたお花屋さんという印象を受けるのですが、いかがでしょうか?
その通りで、お店にお越しいただくお客様の約7割程度は近隣にお住いの皆様なんです。そんな皆様には、「私たちの地域にフラワーショップKAZがあってよかった!」と言ってもらいたいと考えています。また、「うちの家の近所にめっちゃええ花屋があんねん!」っていう感じでプチ自慢してもらえるようなお店にもしていきたいんです。手軽に見やすく手に取りやすい花を揃えた身近な花屋さん。そんな花屋さんであり続けることで、地域の皆様に貢献していきたいですね。

―地域のお花屋さんという存在が最近では減ってきているように感じるので本当に応援しています!最後に今後の展望についてお聞かせください。
現在も継続している障がい者雇用ですが、そこで雇用した障がい者の皆と一緒に「KAZファーム」っていう農場を作って運営したいと計画しています。そして、もう一つは駐車場付きの路面店を作りたいと考えています。この2つの計画は、3年前に作った10年ビジョンの中でも掲げていますので、あと7年のうちには達成したいですね。そして、このような事業を通じて障がい者の皆様の就労支援をやっていきたいんです。弊社は、まだまだ小さな花屋ですが、そんな花屋でも彼らの能力を最大限発揮できるステージづくりができるというモデルケースを作って世の中に発信して、障がい者の皆様に対する世間の見方を今よりももっとポジティブなものに変えることに一役買いたいと考えています。