株式会社 アイネット保険総合 専務取締役 藤田 正広



―藤田専務はどのような経緯で保険業界に入られたのですか?保険の仕事をされている方のキャリアは様々なので個人的に興味深々なのですが。
私のお祖父さんが保険の仕事をしていたんですよ。その後を引き継いだのが私の母なんです。父はと言うと祇園でラーメン屋を営んでいました。そんな父と母の元に生まれた私はとい言うと、5人兄弟の末っ子なんです。今弊社の代表をしている兄は4番目なんです。それより上の兄弟は、歌舞伎をやっていたり姉だったりしたので、学生時代から何となく私と4番目の兄で、父のラーメン屋と母の保険代理店を継ぐんだろうなと漠然と思っていました。兄も私も大学を卒業してからそれぞれ一般企業に就職したのですが、私たちが家業に入ることになった最初のキッカケは父の脳梗塞でした。この時、兄は高知県の一般企業で働いていたのですが、急遽戻ってきて父のラーメン屋を引き継いだんです。それから、2年ほど経った頃、今度は母が交通事故に遭ったんです。大事故ではなかったのですが、事故に遭ったことによって将来が急に不安になったようで、当時東京で働いていた私に、「戻ってきて後やらへんか?」と声を掛けてくれたんです。「母のお客さんを引き継ぐならしんどい思いをしなくていいんじゃない!?」なんて甘い期待を持ちながら、その声掛けに乗るかたちで戻ってきたんです。そして、いきなり家業に入るのではなく保険会社で3年間修業することにしました。

―お母さんが保険代理店でお父さんがラーメン屋さんで5人兄弟でお兄さんの一人が歌舞伎役者って情報量が多すぎます…。決して甘くない保険業界と聞きますが、実際入ってみられていかがでしたか?
保険会社に入ったとき私は25歳でした。年齢が若い上、大学は大阪に通っていて就職したのは東京。ですから、地元に保険の話が出来るような知り合いなんていませんでした。そんな私の状況とは裏腹に、保険会社とは半年毎の契約更新がありました。査定をクリアできなければ契約は更新されない訳です。そんな厳しい環境の中、飛び込み営業から何から何まで出来ることは全部やってがむしゃらに活動しました。その結果、何とか3年間の修行期間を耐え抜くことが出来たんです。3年経ってみると、入社時500人ほどいた同期は50人程度に減っていました。それから、修行時代の3年の中でお付き合いの始まった私のお客様をもって家に戻ったのですが、いざ戻ってみると母と仕事の仕方が合わなかったんです。私は、母と言えど割り切ってビジネスとして接していましたが、母はどこまでいっても親子の感覚でした。ですから、同じ事務所で仕事をしていましたが、やっていることは別々でした。しかし、そんな状況がいつまでも続く訳もなく、母が70歳を過ぎたときいよいよ引退を考えないといけなくなったタイミングで祇園でラーメン屋をやっていた兄に声を掛けてラーメン屋は人に任せて戻ってきてもらったんです。そして、母のお客様を兄に引き継いでもらって現在に至ります。

―生き残るのが500人中50人・・・。1割じゃないですか。やっぱり厳しいんですね。それから、独立されて約23年経過しますが、現在経営者として大切にされているお考えとはどのようなお考えでしょうか?
私なりの「組織論」を大切にしています。独立したての頃は、兄と2馬力でした。それを3馬力にするためにスタッフを採用する訳です。さらに、4馬力にするためにまた採用をする。そしてさらに・・・。こういうことをしていると、ずっとエンジンを増やすために採用し続けないといけません。ですから、私は現場から離れ、直接営業活動をするのではなく、それ以外の対外的な活動に専念して新しいビジネスチャンスを作るようにしています。そうして、ゼロからイチを作ったら後はスタッフに任せて、私はそうして作り上げた組織全体をどう回すかということを考え運営することに徹しています。

―ありがとうございます。では、次に最近のテーマと言いますか、よく時間を使われていることをお聞かせください。
私の趣味の一つにゴルフがあるのですが、それを聞いたロータリークラブの先輩に、「シングルにならなゴルフが趣味って言うたらあかん。人数合わせで呼ばれるゴルフは仕事にならんぞ。」と言われたんです。ゴルフをやってらっしゃる経営者の皆さんはやっぱりゴルフのうまい人とまわりたいと思うし、「俺の知り合いにゴルフがメチャクチャ上手いやつがいる!」ってほかの経営者のゴルフ仲間に言いたいもんだと。だから、やるなら突き詰めてうまくならなあかんと教えて頂いてから時間を作っては練習をするようにしています。こう教えて頂いたときに、やっぱり何をするにしてもちょっと突き抜けないといけないなと感じました。ちょっと突き抜けると、今まで会うことが出来なかったような、その先のステージにいらっしゃる方と仲良くなることが出来ますから。

―「ちょっと突き抜ける」。勉強になります。ありがとうございます。次に、お客様に対してはどのような思いをお持ちですか?
「すべてのつながりをすべての喜びに」という理念を掲げているのですが、弊社と関わる皆様とのつながりの一つ一つを大切にし、皆様に少しでも喜んで頂ければと考えています。昔は保険会社は違えど商品自体に大きな違いはありませんでした。ですから、他社とどこで差をつけるのか?ということがポイントになる訳ですが、私はこの業界に入った時から、お客様の御用聞きのようなことをずっとしていました。それは、現在でも続けているのですが、そうすることでお客様との関係を作っています。「スマホで検索するくらいなら藤田に聞こう!」そんな風に思って頂ければなと思っています。会社としても、このようなスタンスを取っているので保険を通してお客様に貢献することは当然なのですが、お客様の日常にもっと入り込みアイネットに聞けば何でも解決すると言うような「アナログ版Google」みたいな存在になることを目指しています。

―玉石混合のネット情報を検索するより、藤田専務のおっしゃるアナログ版Googleの方が絶対いいですよね!最後に今後のことをお聞かせください。
保険業界というのは非常に競合の多い業界です。そんな業界内では食い合いが始まっています。また、生損保問わず保険もネットの時代なんて言われますが、実はネット保険のシェアは全体の20%程度で、昔から増えることなく変わっていないんです。その大きな要因は「日本の文化」にあると考えています。やはり日本人は対面することを心のどこかで望んでいるんだと思います。これを踏まえ、弊社では、昨年から向こう5年でスタッフを徐々に増やしお客様との接点を増やしていきたいと考えています。そして、長岡京市のこの地域の中で総合病院のような保険代理店ではなく「町のお医者さん」のような存在の保険代理店になりたいと考えています。「車の保険の更新のハガキ来たんやけど、分からんしちょっと教えてー!」なんて言って気軽に相談しに来ていただけるような場所にしていきたいですね。